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神戸地方裁判所 昭和59年(わ)1197号 判決 1991年3月13日

本店所在地

神戸市中央区明石町三二番地 明海ビル内

新田汽船株式会社

(右代表者代表取締役 新田仲博)

本籍

松山市山西町五七六番地の一

住居

神戸市灘区赤坂通八丁目七番二九号

会社役員

新田仲博

昭和四年五月九日生

右の者らに対する法人税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官山田一清及び弁護人大槻龍馬各出席のうえ審理して、次のとおり判決する。

主文

被告人新田汽船株式会社を罰金三〇〇〇万円に、被告人新田仲博を懲役八月にそれぞれ処する。

被告人新田仲博に対し、この裁判の確定した日から二年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人両名の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人新田汽船株式会社は、神戸市中央区明石町三二番地明海ビル内に本店を置き、海運業を営む株式会社であり、かつ租税特別措置法六六条の六の特定外国子会社にあたる子会社として、いずれもパナマ共和国パナマ市に本店を置き、海運業を営むクラウンシッピングエスエイ、キングフィッシャーシッピングエスエイ、サリバンシッピングエスエイ、ガーデニアパナマエスエイ、コーンフラワーシッピングエスエイの五社を有しているもの、被告人新田仲博は、被告人会社の代表取締役としてその業務全般を統轄しているものであるが、被告人新田仲博は、被告人会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、

第一  昭和五五年八月一日から同五六年七月三一日までの事業年度における前記特定外国子会社の課税対象留保金額を含む実際の所得金額が一億五〇七五万三二四〇円で、これに対する法人税額が五八四三万九四〇〇円であつたのに、課税対象留保金額を除外する行為によりその所得の全部を秘匿した上、同五六年九月三〇日、神戸市中央区山手通三丁目七番三一号所在の所轄神戸税務署において、同税務署長に対し、同事業年度の所得金額及び納付すべき法人税額がない旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もつて不正の行為により同事業年度の法人税五八四三万九四〇〇円を免れ

第二  昭和五六年八月一日から同五七年七月三一日までの事業年度における前記特定外国子会社の課税対象留保金額を含む実際の所得金額が二億四七二七万二五四五円で、これに対する法人税額が八九四〇万六八〇〇円であつたのに、前同様の不正の行為によりその所得の一部を秘匿した上、同五七年九月三〇日、前記神戸税務署において、同税務署長に対し、同事業年度の所得金額が七四三三万七一九八円で、これに対する法人税額が一八一〇万七二〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もつて不正の行為により同事業年度の法人税七一二九万九六〇〇円を免れ

第三  昭和五七年八月一日から同五八年七月三一日までの事業年度における前記特定外国子会社の課税対象留保金額を含む実際の所得金額が一億八八〇〇万一四〇六円で、これに対する法人税額が五五八一万八六〇〇円であつたのに、前同様の不正の行為によりその所得の一部を秘匿した上、同五八年九月三〇日、前記神戸税務署において、同税務署長に対し、同事業年度の所得金額が一六九三万七〇一五円で、納付すべき法人税額がない旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もつて不正の行為により同事業年度の法人税五五八一万八六〇〇円を免れ

たものである。

(証拠の標目)

判示事実全部につき

一  被告人新田仲博の大蔵事務官に対する質問てん末書(九通)及び検察官に対する供述調書

一  第二、第一一ないし第一四回各公判調書中の被告人新田仲博の供述部分

一  第三回公判調書中の証人上田吉彦の供述部分

一  第七ないし第九回各公判調書中の証人安河内孚彦の供述部分

一  第五及び第六回各公判調書中の証人大島康幹の供述部分

一  大島康幹の大蔵事務官に対する昭和五九年二月二七日付(四ないし七、九、一一、一三及び一四の各問答を除く)、同年三月五日付(問三、五及び六の各問答を除く)、同月二一日付(問五及び九の各問答を除く)同年四月二五日付(問四及び五の各問答を除く)、同年五月七日付(問一一及び一四の各問答を除く)、同月一七日付(検甲二四号、九の問答を除く)及び同日付(検甲二五号、七の問答を除く)各質問てん末書並びに検察官に対する供述調書

一  井上富士雄、福井清一、中山正之、岡田知信、土肥雅雄、杠紀彦及び安藤康雄の大蔵事務官に対する各質問てん末書

一  大蔵事務官作成の昭和五九年六月三〇日付査察官調査書(検甲四四号)

一  大蔵事務官作成の昭和五九年四月二五日付(検甲四八号)、同年三月一日付(検甲八六号)各査察官調査書、「外国子会社設立費用の支払状況調査書」(検甲五二号)及び「資本金の払込状況調査書」(検甲五三号)

判示第一の事実につき

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書(検甲二号)及び法人税確定申告書謄本(検甲五号)

判示第二の事実につき

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書(検甲三号)、法人税確定申告書謄本(検甲六号)及び昭和五九年六月三〇日付査察官調査書(検甲四五号)

判示第三の事実につき

一  大蔵事務官作成の昭和六一年八月二五日付(検甲七三号)及び同月二三日付(検甲七四号)各査察官調査書並びに法人税確定申告書謄本(検甲七号)

(争点についての判断)

一  特定外国子会社でないとの主張について

1  弁護人の主張

(一) 判示の外国会社のうち、クラウンシッピングエスエイ、サリバンシッピングエスエイ及びコーンフラワーシッピングエスエイの三社に対してはどこからも資本金の払い込みがなされていないので、同社らには発行済株式がないといわざるを得ず、従つて、被告人新田汽船株式会社(以下被告会社と言う)も、外国関係会社の発行済株式の一定割合以上を保有することを要件としている租税特別措置法六六条の六の一項に規定する内国法人に文理上該当しないこととなり、右三社を被告会社の特定外国子会社と断定することはできない。

(二) キングフィッシャーシッピングエスエイに対しては、資本金二〇〇ドルが払い込まれているが、これは被告人新田仲博(以下被告人という)が個人として払い込んだものであり、他方、被告会社は、資本金の支払いを何らしていないので、キングフィッシャーシッピングの発行済株式を保有する関係にないといわざるを得ず、従つて同社を被告会社の特定外国子会社とは認められない。

(三) ガーデニアパナマエスエイに対してはキングフィッシャーシッピングだけから資本金五〇〇ドルの払い込みがなされているにすぎないので、キングフィッシャーシッピングが被告会社の特定外国子会社でない以上、ガーデニアパナマも被告会社の特定外国子会社とはいえない。

2  当裁判所の判断

(一) 関係証拠によれば、<1>昭和四〇年代以降、わが国の海運業界では、海員組合との協定で日本籍の船舶には日本人船員の乗務が義務づけられる制約などがあり、これでは人件費の安い韓国などの外国船舶との競争に勝てないことから、コスト節約のため、外国籍特にタックスヘイブンの伝統があつてしかも船籍取得手続きの容易なパナマ国にいわゆるペーパー子会社を作り、これに同国籍の船舶を保有させる形式をとつた上で、実質的に同船を支配し、賃金の安い外国人船員を雇つてこれを傭船契約に出すなどして営業する傾向が強まつていた。<2>比較的小規模な海運業を営む被告会社でも、右例に洩れず、昭和四〇年代の後半頃から、パナマにペーパー子会社を作り、これを介して同国籍の船舶を実質保有し、これらを川崎汽船に傭船に出すなどしていたもので、判示の外国五社は、いずれもこのような子会社であつた。<3>これら外国子会社の設立手続きは、被告会社が一件約数一〇万円程度の費用、謝礼を立て替えるなどして神戸市内にある代理業者に頼みこれを代行して貰つたが、その方法は、右代理業者がパナマの弁護士数人を形式的に発起人(新株引受人)に立て(ちなみにパナマでは株式会社設立に必要な発起人は二人で足りる)、現地で設立登記を済ませた後、右新株引受権の全部をその弁護士らから譲り受け、宛先を白紙としたその譲渡証を添えた設立関係の一件書類を被告会社に送付して貰う方法がとられ、被告会社では、こうして送付を受けた定款その他の会社設立関係書類をすべて同事務所に保管していた。<4>これらの外国会社は、あくまでペーパーカンパニーであつたので、パナマには従業員はもとより事務所さえなく、保有船の造船、売買、傭船契約などの営業をはじめ経理会計事務をも含めたその一切の業務は、被告会社の役員、従業員がすべてこれを執り行ない、従つて右子会社らと取引する相手方も、これらの会社が被告会社の百パーセント子会社であることを承知し、被告会社の信用のもとに行つていた。以上の事実を認めることができ、これらについては、被告人らにおいても特に争うところではない。

(二) ところで、関係証拠によると、クラウンシッピングら三社については、弁護人の主張するとおり、設立に際し、引受株式の払込み(いわゆる資本金の払込み)が全くなされていないことが認められる。しかしながら、関係証拠によると、パナマの法制度では、株式会社の設立にあたつては、わが国と違い、資本金の払込みがなくても設立自体は有効可能であると認められるところ、被告会社においては、ペーパーカンパニーであるこれらの会社にあえて不必要な払込みをしなかつたものと推認できる。なるほど、租税特別措置法六六条の六の一項には、弁護人主張のような限定があり、発行済株式の一定割合以上の保有が要件とされているのであるが、外国の会社に対する株式保有を規定する条項の中にある「発行済株式」の意味を、弁護人主張の如く、わが国の商法にそつて解釈しなければならないとする合理的根拠はなく、むしろその国の法制下での株式の意味にそつて解釈するのが相当である。してみると、資本金の払込みがなくとも有効に株式会社が設立される法制度のもとでは、その設立後の株式を、たとえこれに対する払込みがない場合でも、「発行済株式」と認めるほかはないのであるから、引受株式の払込みのないパナマ国の右外国三社についても、設立後においては、その株式はこれを租税特別措置法六六条の六の一項に規定する発行済株式と認めざるを得ない。そしてまた、被告会社は、前記のとおり、右外国三社が有効に発足した後に設立発起人らから新株引受権の全面的譲渡を受けてその譲渡証を保有するのであるから、右三社の租税特別措置法六六条の六の一項に規定する発行済株式の全部を保有する関係にあるものと認められ、結局、これらを被告会社の特定外国子会社と認定するに十分である。弁護人主張(一)の点は採用し難い。

(三) 次に、キングフィッシャーシッピングについては、弁護人の主張どおり、その設立にあたり、引受株式の全額(全資本金額)二〇〇ドルを被告人個人が自らの金で払込み、被告会社は何ら払込みをしていないことが関係証拠上明らかである。しかしながら、前記のとおり、被告会社がその経営困難を乗り切るために外国子会社を設立して外国籍船舶の保有を始めるようになり、現実にその営業を被告会社従業員が管理支配し、取引相手からも当然被告会社の外国子会社としてみられ、子会社の株式引受権の譲渡を受けたことを証する譲渡証等も被告人の自宅ではなく被告会社事務所に保管されていたなど、被告会社の外国子会社を設立した経過とこれに対する支配の実態は、キングフィッシャーシッピングにおいても他と全く変わりなく認められるのであつて、これらの事情に照らすとき、被告人個人の右払込みは、被告人が捜査段階で述べるとおり、会社のために代わつて支払つた単なる立替金にすぎず、その額が日本円にしても数万円程度のわずかなものであつたことから、会社に精算を求めることなくそのままになつていたものと認めるのが相当である。被告人は、公判段階では、この点、自分個人の会社としたい意向があつたかの如き供述をするが、被告会社に任せていたその後の営業の実態に全くそぐわないのみならず、小なりとはいえ、祖父から引継いだ被告人にとつて大事な会社が必死の努力で生き延びようとしていた困難な時期に、被告会社とは別個にしかも競業関係に立つ会社を作ろうと思いついたというのは極めて不自然であり、右公判段階の供述は到底措信しがたい。してみると、キングフィッシャーシッピングについても、租税特別措置法六六条の六の一項に規定する被告会社の特定外国子会社と認めるほかはない。弁護人主張(二)の点も採用できない。

(四) そうすると、キングフィッシャーシッピングからその資本金五〇〇ドルの払込みを受けた以外は、その設立経過と営業実態において他の右特定外国子会社と何ら変わるところがないと関係証拠上認められるガーデニアパナマエスエイについても、租税特別措置法六六条の六第一項に該当する被告会社の特定外国子会社(間接保有)と認められる。弁護人主張(三)の点も採用できない。

二  租税法律主義に違反するとの主張について

1  弁護人の主張その1

被告会社の昭和五五年八月一日から昭和五六年七月三一日までの事業年度における特定外国子会社の課税留保金額を含む所得金額の算定にあたつては、右子会社サリバンフィッシングの昭和五三年一二月三一日に終了する年度の欠損金二四万二六八三ドルを控除すべきである。これを阻害する租税特別措置法施行令三九条の一四第五項「昭和五三年四月一日以前に開始した事業年度において生じた欠損金額については、留保金額算定にあたり欠損金額控除から除く」との規定は、ある時期に実現した企業の益金は過去において継続してきた損金の寄与によつて生じたものであるのに、これを無視する点で、法人税法一一条の実質所得者課税の原則に反し、憲法八四条、三〇条に基礎を置く租税法律主義に違反する。また、少なくとも昭和五三年四月一日以降同年一二月三一日までの九か月間におけるサリバンフィッシングの現実の事業の運営は、租税特別措置法の新制度下で行われたにもかかわらず、この間に生じた欠損金の控除を認めないとするのは、そのこと自体が課税標準の確定に影響を及ぼすものであるから、当然法律によつて規制されるべきであり、この点からも前記規定は租税法律主義に反する。

2  当裁判所の判断

昭和五三年度の税制改正に際して創設された内国法人の特定外国子会社に係る所得の課税制度は、租税特別措置法六六条の六以下に規定されたところ、同条二項二号には、子会社の「未処分所得の金額」を「特定外国子会社の各事業年度の決算に基づく所得の金額につき、法人税法及びこの法律による各事業年度の所得の計算に準ずるものとして政令で定める基準により計算した金額を基礎として政令で定めるところにより当該各事業年度開始の日前五年以内に開始した各事業年度において生じた欠損の金額にかかる調整を加えた金額をいう」と定義し、過去五年以内の欠損金額の調整の原則も政令で定めるところにより規制されることを予定している。そして、弁護人の指摘する租税特別措置法施行令三九条の一四第五項の「昭和五三年四月一日前に開始した事業年度の欠損金を控除しない」旨の規定は、右の法律の委任に基づく政令の定めとみるべきものである。もとより、憲法八四条の租税法律主義は、法律で特定の課税条件を政令に委任することを禁止してはいないと解すべきであるが、その趣旨からすると、法律の委任に基づいていればすべての政令が有効であるともいえない。そこでなお、右政令の趣旨を右税制改正の背景に遡つて勘案してみるに、従前は、本件のような子会社の所得に対する課税については、法人税法一一条の実質課税の原則により、子会社の法人格を否認し、子会社の損益を親会社の所得に合算して課税する仕組みとなつていたことが認められる(利益のみならず、その欠損についてもこれを親会社の利益から控除する方法で税法上考慮される途があつたのである。)租税特別措置法改正による右新税制は、かかる課税の方法を別個の確実明確なものに改めたといえる。この新立法においては、従前の前記のような課税の建前を踏まえて、昭和五三年四月一日前に開始した事業年度の子会社の所得については一切これを不問に付して課税対象とせず、それ以降の事業年度からの所得のみを対象としているのである(租税特別措置法六六条の六第一項)。してみると、これとの均衡の上から(同時に従前の課税の建前からも)、新税制下においては、昭和五三年四月一日以前に開始した事業年度における損金についても、同様に一切考慮しないことは当然の帰結と言うべきである。そうすると、租税特別措置法施行令三九条の一四第五項の弁護人の指摘する規定は、租税特別措置法の当然の解釈を明らかにした、いわば解釈政令とみうるものであるから、租税法律主義に反するとは到底言えないことになる。

なお、弁護人の指摘するサリバンフィッシングの昭和五三年四月一日以降同年一二月三一日までの九か月間の営業における損金についても、右の期間は、同社の昭和五三年一月一日から始まる営業年度に含まれるので、右の「昭和五三年四月一日前に開始した事業年度の欠損金を控除しない」との租税特別措置法施行令三九条の一四第五項により、控除の余地のないことは明らかである。

結局、弁護人の主張するサリバンフィッシングの一定事業年度以前の損金を控除すべきとの主張は採用できない。

3  弁護人の主張その2

被告会社の昭和五七年七月三一日終了事業年度及び昭和五八年七月三一日終了事業年度における特定外国子会社の課税留保金額を含む各所得金額の算定にあたつて、サリバンフィッシングの昭和五六年一二月三一日に終了する年度の欠損金並びにアザレアシッピングエスエイの昭和五八年七月三一日までに終了する過去三年間の三事業年度の各欠損金をいずれも同年度の他の特定外国子会社の利益と通算の上控除すべきである。これを阻害する通達、すなわち「措置法六六条の六第一項に規定する課税対象留保金額は特定外国子会社ごとに計算するから、内国法人に係る特定外国子会社が二つ以上ある場合において、その特定外国子会社等のうち欠損金額が生じたものがあるときがあつても、他の特定外国子会社の所得の金額との通算はしないことに留意する。」(租税特別措置法通達五五の六―五)も、法人税法一一条の実質課税の原則を逸脱し、憲法八四条、三〇条に基礎を置く租税法律主義に違反する違法なものである。

4  当裁判所の判断

租税特別措置法六六条の六第一項は、個々の特定外国子会社の留保「利益」を親会社たる内国法人の所得に合算して課税することを定めたものであるから、弁護人指摘の通達は、その当然の解釈を明確にしたものにすぎず、何ら租税法律主義に反しない。のみならず、弁護人の指摘するような各子会社の当該事業年度の欠損については、その子会社の次期事業年度における決算の際、繰越欠損として控除の対象になるので(前記租税特別措置法六六条の六第二項二号)、何ら実質的な不都合も存せず、法人税法一一条の実質課税の原則に反するとも言えない。弁護人の右主張も採用できない。

三  減価償却について

1  弁護人の主張

被告会社の特定外国子会社ガーデニアパナマ及びコーンフラワーシッピングにおいては、昭和五七年度と五八年度の各事業年度の決算処理にあたり、その各保有船舶につき、本来事業用資産として減価償却できたはずであつたのに、当時、これらの所有権が他に留保され、リース契約により貸与を受ける形で管理していたため、減価償却はリース会社の方で行われ、当方ではできないものと誤信し、従つてリース料だけを損金に計上していたのであり、これは錯誤による帳簿処理上の誤りであるので、減価償却を認め、増額して損金控除がなされるべきである。

2  当裁判所の判断

減価償却については、損金経理した金額の範囲内でしかこれを認め得ないことがわが税法上の大原則である(法人税法三一条)。これは、企業自身が一番良く知る事柄については、第三者がこれを認定することは適当ではなく、また可能でもないことから、企業自らの計算と判断に委ねるのが妥当であるとの考慮に出たものであり、その趣旨からすると、そこに計上さるべき項目や金額についての判断の落度も企業自身が背負うことになるのは当然の帰結というべきである。関係証拠によると、弁護人指摘の特定外国子会社二社については、同社らの作成した貸借対照表及び損益計算書の他に確定決算とみなすべきものがないことが認められるところ、ここに弁護人主張のような減価償却が計上されていない以上、計上されたリース料の金額の範囲内でしか減価償却を認める余地のないことになるのは税務処理上やむをえないところである。前記法の趣旨にかんがみ、弁護人主張のような錯誤をもつてしても、いまだ右原則を逸脱してその減価償却を増額する理由にはなり得ないものと認めるほかはない。弁護人の主張は採用できない。

四  為替差益について

1  弁護人の主張

被告会社の特定外国子会社キングフィッシャーシッピングにつき、同社が昭和五六年二月五日にニチメンヨーロッパからの借入金残高(ドル建)を円建債務に切り替え、その後の同年六月五日に伊予銀行からの借入金で右ニチメンヨーロッパの債務全額を返済した際には、ニチメンヨーロッパに対する前記債務が法人税法施行令一三九条の二に規定する短期外貨建債務ではないので、その換算方法は同条の三第一項二号により取得時換算法によるべきであるから、為替差益は発生しない。また実際、昭和五六年六月五日時点では、キングフィッシャーシッピングにとつては、債権者がニチメンヨーロッパから伊予銀行に変わつただけで、これまでと同様の額の債務を今後とも返済しなければならなかつたのであり、為替差益の生じる余地は全くなく、被告人らにこの点の脱税の故意もなかつた。

2  当裁判所の判断

関係証拠によれば、キングフィッシャーシッピングにおいては、ニチメンヨーロッパからドル建で借りていた借入金の残高三六〇万二〇〇〇ドルを昭和五六年二月五日に円建(七億一五二八万五一六〇円)に切り替えてさらに若干分割返済をした後、同年六月五日に右残債務六億九一四五万五五六〇円につき、伊予銀行神戸支店からの借入金をもつてニチメンヨーロッパに一括全額返済を済ませた事実が明らかである。ところで、ドルを表示通貨としているキングフィッシャーシッピングにおいては、右のような円建債務については、取得時と返済時の間に円とドルとの外国為替レートに変動が生じた場合、返済時においていわゆる為替差益または為替差損の生じることになるが、関係証拠によれば、前記のニチメンヨーロッパへの一括返済の際には、右レートの円安変動により、三八万八七六七ドル八三セントの為替差益をみたことが認められる。

弁護人は、法人税法施行令一三九条の二以降に規定される短期外貨建債務または長期外貨建債務の処理の規定を引用して、為替差益の生じない根拠としている。しかしながら、外貨建の取引に関して生じるいわゆる為替差益には、二つの場面が考えられるのであつて、すなわち、一つは、債権債務の発生した時期と現実にこれを決済した時期との間に外国為替レートの変動があつた場合にその決済時期に生じる現実の差損益であり、もう一つは、外貨建債権債務を期末決算時において評価する場合に右レートの変動によつて生じる評価差損益である。弁護人の指摘する法人税法施行令一三九条の二以下の規定は、後者の場合、すなわち決算時において債権債務を評価する場合に、どの時点の外国為替レートで換算するかを定めたものであり、前者の為替差損益に関するものではない。前記認定のキングフィッシャーシッピングの為替差益は、前者の決済時における現実の差益であるから、弁護人の指摘は当たらない。

もつとも、キングフィッシャーシッピングにしてみれば、昭和五六年六月五日以降も、債権者が変わつたというだけで、伊予銀行神戸支店に同じ金額の円建債務の返済を続けなければならず、その意味では、右の為替差益も机上のものであり、むしろ、伊予銀行神戸支店への返済がすべて終わつた時点での方が、為替差益について現実感の生じることは否定しがたく、弁護人の主張もこの意味で理解はできる。しかしながら、本件の場合、別の債権者に対する借金に代わるにせよ、一旦債務が決済される以上、現実の為替差益が生じたとみるべきであり、これをその当該事業年度の所得から除外することは出来ない。そして、被告人において、本件特定外国子会社の所得については、確定申告をする意思の全くなかつたことが関係証拠上明らかである以上、被告人がその所得の内訳あるいは勘定科目などを一々承知していなくても、刑法上、ほ脱の故意に欠けるところはないと言うべきである。従つて、被告人らにおいて、右為替差益についても、ほ脱の刑事的責任を免れ得ない。結局、弁護人の右主張も採用しがたい。

五  雑損失について

1  弁護人の主張

被告会社総務部長大島康幹が、その管理する本件特定外国子会社キングフィッシャーシッピング、ガーデマニアパナマ、コーンフラワーシッピング及びアザレアシッピングの四社の各資金のうち、昭和五四年八月九日ころから昭和五八年六月八日ころまでの間に前後一三回にわたり合計五七二万五三七四円を横領しているので、それぞれの横領金を右各社の当該事業年度の雑損失として所得から控除すべきである。

2  当裁判所の判断

しかしながら、なるほど関係証拠によると、大島康幹の不正については概ね弁護人主張どおりの事実が認められるけれども、右のような横領金については、被害者は、その横領した者に対し少なくとも損害賠償請求権を有していて、この損失にとつて替わる利益が存するのであるから、その請求権行使がほぼ不可能になるなどの事情により、被害者がこの請求権を放棄するまでは、右利益を無視してこれを損失一方に考慮すべきではない。本件においては、大島の右不正は被告会社に対する査察を開始した昭和五九年以後に判明したものであつて、本件で問題となる事業年度の終了(昭和五八年七月三一日)までには発覚していなかつたことが関係証拠上明らかであるので、前記の請求権の放棄はもとよりなし得ず、従つて、前記横領金を弁護人主張のような事業年度の損失に考慮することはできない。弁護人の右主張も採用できない。

(法令の適用)

被告人らの判示各所為は、各事業年度ごとに法人税法一五九条一項(被告会社については、さらに同法一六四条一項)に該当するところ、被告会社については情状により同法一五九条二項を適用し、被告人については所定刑中懲役刑を選択することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、被告会社については同法四八条二項により合算した金額の範囲内において罰金三〇〇〇万円に、被告人については同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重いと認める判示第二の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内において懲役八月にそれぞれ処し、被告人に対し同法二五条一項を適用してこの裁判の確定の日から二年間、右刑の執行を猶予し、なお訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条によりこれを被告人両名に連帯して負担させることとする。

(量刑の事情)

本件の脱税規模は、脱税金額が総額一億八五五五万余円に上り、脱税率も約九一パーセントの高率である点で、決して小さなものとは言えず、外国子会社の留保利益を三年間にわたつてまるごと申告しなかつた態様も芳しくないことなどにかんがみると、被告人らの刑事責任を決して軽視することはできない。従つて、脱税の方法は主として確定申告書に記載しなかつたことであつてことさらに悪質な隠匿工作をした形跡はないこと、新税制成立からまもない時期であり、しかも改正前は、必ずしも厳格には納税が実行されなかつた分野であつただけに、被告人が当局の指摘のあるまで当面不申告のまま様子をみようとした態度は、許されない甘えではあつても、心情として強く非難できないこと、被告会社は中小海運業者であり、好不況の波が大きく、その経営は必ずしも安定しておらず、被告人の経営努力がしのばれること、本件公訴提起後間もなく、本税・加算税等納付すべき金額をすべて納付したこと、もとより被告人に前科のないことなど、被告人らに斟酌すべき情状を十分考慮にいれても、法人税法違反の昨今の科刑状況をもかんがみて、被告人に対してはあえて罰金刑を選択するのは相当でないと結論し、懲役刑を選択してその刑の執行を猶予するにとどめ、被告人両名に対し、主文の各刑を相当と判断した。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中明生 裁判官 伊東武是 裁判官 伊元啓)

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